オールドリサーチャーの半歩遅れのコラム
日々進化するテクノロジーが消費者の行動を変え、消費者行動の変化が企業のマーケティング課題や情報ニーズを変え続けています。調査業界においても、インターネット・リサーチはMR業界にとってまさに「破壊的イノベーション」であり、業界の再編が進みました。またソーシャルメディア分析やビッグデータ解析など、MR業界も先進的なテクノロジーの恩恵を受け、マーケターの新しいリサーチニーズを満たす消費者情報収集の新しいオプションを増やしつつあります。
一方で、AMA(アメリカマーケティング協会)が1985年に定めたマーケティング・リサーチの定義の主要部分である
- マーケティングに関する様々な機会と解決すべき問題を明確にし、定義付けをすること(要するに市場や消費者行動の実態を明らかにし、マーケティング上の問題と機会を明らかにすること)
- マーケティング活動を創出し、洗練し、評価すること(マーケティングの課題=4Pに代表されるマーケティング戦術の開発から決定までのプロセス)
- マーケティング成果のモニタリング(マーケティング活動の評価)
というMRの役割(とりも直さずマーケティング課題)は定義が出来てから30年以上経ても変わってはいません。AMAのマーケティングの定義が1985年、2004年、2007年と変わっているにもかかわらずです。それともMRの定義も近い将来変わっていくのでしょうか?
【参考】AMAのマーケティングの定義(2007年)
「マーケティングは顧客、クライアント、パートナー、及び社会全般に対し、価値のある提供物を創造し、それをコミュニケーションし、届け、交換するための組織と個人の活動であるとともにその活動のための仕組みの集合、一連のプロセス。」
(原文は次のとおり:
Marketing is the activity, a set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and societies at large.)
以下MR業界を取り巻く変化を、ここ1~2年の短い期間ではなく、もう少し長いスパンで追いかけてみたいと思います。
マーケティングのパラダイムシフト
MRの定義は上記のとおりですが、もっと縮めていうと、「マーケティングのPlan-Do-Checkに必要な情報の収集・分析」です。企業のマーケティングに対する考え方が変われば、当然のことながらMRもその影響を受けます。
マーケティング・コンセプト(顧客に対する企業の基本的な考え方)の変化を追うと、「生産志向のコンセプト(需要 > 供給)」から「製品志向のコンセプト(需要=供給)」、「販売指向のコンセプト(需要<供給)」に移り、近年は「顧客志向のコンセプト(需要 << 供給)」が主流になっています。顧客志向のコンセプトとは、「企業は顧客ニーズをよく分析し、 STP を適切に行い、マーケティングミックス= 4P を効果的に行うことにより収益の向上を図る」とする考え方です。この顧客志向のコンセプトとほぼ同時並行的に始まっているのが、ICTの発展によるデータベース分析の支援を受けて展開される「関係性志向のコンセプト」や資源や環境に配慮し、広く社会に貢献することを主眼とする「社会性志向のコンセプト」です。
消費者ニーズの変化の他にマーケティングに影響を与えるマクロな外部環境の変化もまたマーケティングのパラダイムを変えていきます。
マクロ環境分析=PEST分析とは:
- 政治的要因(Political Factors)・・・地球温暖化防止条例など
- 経済的要因(Economic Factors)・・・経済の長期停滞など
- 社会的要因(Social Factors)・・・SNS、オンラインコミュニティなど
- 技術的要因(Technological Factors)・・・インターネット、ビッグデータ解析、AIなど
このような変化がマーケティングのパラダイムに与えた影響をまとめると次のとおりです。大きな流れとしては次のようになると思います。
- マス・マーケティングから1to1マーケティングへ
- One wayコミュニケーションからTwo wayコミュニケーションへ
- 新規開拓優先マーケティングから顧客維持マーケティングへ
- 市場シェア拡大マーケティングから顧客シェアマーケティングへ
- イメージの総体としてのブランド優先のマーケティングへ
- マスメディアからSNSを取り込んだ幅広いマーケティングへ
- 「モノ」から「コト」(顧客経験価値)のマーケティングへ
(注:顧客経験価値とは:品質・機能といった商品そのものから判断できる価値ではなく、購入~使用の過程での「顧客経験」から感情的に得られる価値・・・頭で満足⇒心で満足)
上記を含めた「パラダイムシフト」を図表2にまとめました。
クライアントのリサーチ部門のシフト
7~8年ぐらい前にはクライアントのリサーチ部門の名前は「市場調査部」や「マーケティング・リサーチ部」というのが一般的でした。現在では「マーケティング・インテリジェンス」や「コンシューマーナレッジ&インサイツ」、「経営戦略本部 ビジネスナレッジ」や「マーケットリサーチ&コンシューマーインサイト」(特に外資系のクライアントで)に変わっています。会社の組織の名前ですから会社が「調査部」に何を期待しているのかが顕著にわかります。単発の調査結果だけでなく周辺の幅広い情報との統合、インサイトの提供、経営戦略やマーケティング戦略を支援する情報が一層求められています。
当然のことながらMR会社も間接的にこのような情報の収集・分析・報告が求められているのです。
調査テーマのシフト
以上のような使命を負った組織が求めるもの=調査テーマも変わってきます。キーワードは消費者の「無意識」のニーズ探索(インサイト)です。そのためのアプローチが調査会社や関連会社によって数多く開発されています。行動観察やMROCのように「無意識の行動」からビジネスチャンスを探るもの、行動経済学の知見やメタフォリアのように隠れた心理や価値構造を読み取ろうとするもの、ニューロサイエンスやバイオメトリックのように生体の反応からの分析、ビッグデータやソーシャルメディア分析のように大量のデータを解析するものなど様々です。
図表5及び6はGreenBookによるMR業界の調査結果です。どのような調査手法がグローバルで取り入れられ始めているかがわかります。
次回以降、リサーチャーの「気質」の変化、「望ましいリサーチャーとは?」「クライアントとMR会社との関係」、「MR業界の競争環境」などについて順次まとめていきたいと思います。