私のコラムの第32回33回34回「マーケティング・リサーチ:変わるもの、変わらないもの」でMR業界を取り巻く変化を一昔前からのリサーチャーの(半歩遅れ)の視点で私見を述べてきました。今回は私のコラムの最終回となりますので、今までうまくまとめきれずにいた最近のMRについての私なりの感想をオムニバス形式で述べてみたいと思います。

1:リサーチャーの自分をブランディングする

ブランドとは・・・

マーケティングにおける「ブランド」とは消費者が広告・商品・サービス・評判・店舗などのタッチポイントに接触した結果、消費者の頭の中に特定の名前やシンボル(ブランド要素)の下に集まった連想(知識・体験・感情・印象など)の集合体であるといえます。「顧客の頭の中にブランドの名前がついたフォルダーが格納されている」イメージです。消費者はブランドに接触するたびに、ブランド連想を新たにしていきます。期待以上の経験が得られれば、ブランド連想は良いほうに強まりますし、その逆のこともあります。強いブランドは消費者の行動を変えていきます。ブランドに対する知覚品質(ブランドエクイティ)が上がり、ブランド選択・ロイヤリティ・推奨意向が高まります。ここでもう一つ大事なことは、消費者にとっての「当たり前=期待どおりの経験」ではブランド連想を強化することはほとんどできないことです。Wowといった特別な感動を消費者に与えない限りブランド連想が強まることはほとんどありません。逆に消費者にとってネガティブな経験は一度でも彼らの記憶に残りブランド連想は弱くなってしまうのです(私のコラムの第12回13回を参照ください)。

自分をブランディングする・・・

ここで「ブランド」をリサーチャーとしての“あなた自身”、消費者をあなたの顧客=クライアント(社外・社内)やあなたの周りの人達(上司、同僚、部下など)と言い換えることができます。「あなた自身のブランド」はあなたの周りの人の頭の中に存在するのです。周りの人達から見たあなたは、あなたが自分はこうである、と思っていることと違っていても、周りの人達にとってはそれが「真実」なのです。

あなたは「あなた自身のブランド」をあなた自身で設計しなければなりません。つまりブランドアイデンティティを作っていくのです。ブランドアイデンティティとは、「ブランドの担当者が顧客に対してそのブランドが表現すべきだと考えているもの」と定義されます。それがブランドイメージ(顧客がブランドに接することにより感じたり、知覚したりするもの)として顧客の頭に記憶されるのです。

元スターバックスコーヒー ジャパンのCEOである岩田氏は“ジョハリの窓”を使って個人のブランドをうまく説明しています。「第2の窓」(自分は知っているが、他人は知らない)と「第3の窓」(自分は知らないが、他人は知っている)のギャップをなくす、即ち自分自身のアイデンティティ(岩田さんはミッションと言っています)と他人があなたに抱くイメージを一体化させていく(つまり「第1の窓」を大きくしていく)とすばらしい自分ブランドができていくとしています。
著書から例を一つ取り上げます。「(道徳、法律、倫理に反しない限り)お客様のためになることをする。サービスとは相手の中にある思いを少しのヒントから実現させる作業・・・満たされた現代社会においてブランドを作るのは、人々の期待や想像を超えた感動体験なのです。」

岩田流 ジョハリの窓

自分ブランドを強くするマインドセット

「あなた自身のブランド」を強くしていくためには、岩田流ジョハリの窓で、「第4の窓」(自分も他人も知らない)を探索するイメージと私は考えます。世界的なデザイン会社IDEOの創業者のデイビット・ケリー氏と彼の弟でIDEOの共同経営者であるトム・ケリー氏はその著書「クリエイティブ マインドセット」で次のように述べています。
(デイヴィッド・ケリー、トム・ケリー(2014). クリエイティブ・マインドセット 想像力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法 日経BP社)

  • 「自分自身の創造力に対する自信を手に入れること。そのためには、一度に一歩づつ行動するのが一番だ。つまり小さな成功を積み重ねていくことが大切なのだ。」
  • 「クリエイティブな行為(創造性)とは必ずしも新しいことを生み出すことではない。自分の人生や仕事において、自分なりの何かを加えることができれば良いのだ。」
  • 「クリエイティブな人々の行動は単純。成功率が高いわけではなく、挑戦する回数が多いだけ。エジソンは“真の成功基準とは24時間につぎ込む実験の数”と言っている。」

デザイン思考を取り入れる

自分ブランドを高めるためにデザイン思考は参考になります。デザイン思考とはデザインを実践する人々の考え方を用いて人間のニーズを発見し、新しい解決策を生み出す手法です(MRの世界では行動観察に基づきワークショップで新しいアイデアを創出する方法として、このデザイン思考が取り入れられています)。生身の人間を観察し、人間のニーズ、欲求、動機を共感を持って理解すれば、斬新なアイデアを思いつくきっかけになるのではないでしょうか?デザイン思考の中心には常に人間がいます。人々に深く共感することで観察を強力なインスピレーション源にすることができるのではないでしょうか?(あなたはあなたの顧客や顧客のそのまた向こうにいる消費者をどの程度理解しようとしているでしょうか?)

「あなた自身のブランド」を強くしていくために、あなたの顧客(クライアントや同僚など)や消費者に深く共感することがまず大事と思います。それを毎日少しずつでも繰り返すとその蓄積効果は知らず知らずのうちに大きくなるのだというマインドセットを持つことです。蓄積効果は「複利」なのですから。

なお この稿は「マーケティング・リサーチャー No125」の私の原稿に手をいれたものです。

2:「できない人ほど、データに頼る」

リサーチャーにとってチャレンジングな見出しですが、翻訳本の題名です。原題は、SEE, FEEL, THINK, DO THE POWER OF INSTINCT IN BUSINESS(著者:Andy Milligan & Shaun Smith=USのブランドコンサルティング会社、インターブランド社のディレクター)ですので邦題から受けるイメージとは大分違います。ですが邦題の言わんとしていることに私は半分納得です。
(アンディ・ミリガン、 ショーン・スミス (2007). できない人ほど、データに頼る ダイヤモンド社)

少し長くなりますが、この本から一部を引用します。

  • 「キャドバリーは調査結果からチョコレートバーを生み出したわけではなく、マクドナルドの誕生も多額のコンサルタント料の賜物でもありません。ヒューレット・パッカードやP&G、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、リチャード・ブランソン(筆者注:バージン・グループの代表)にしてもFGIや統計から画期的なアイデアを生み出したわけではないのです。彼らは直感的に世の中を見て、「何か変えられる」と感じ、どうすれば良いかを考え実行しただけです。」

このような抜粋だけからだと、第34回のコラムで取り上げた「調査不要論」に短絡しがちですが・・・、再び引用です。

  • 「本書は調査機関、コンサルティング会社、MBA(ビジネススクール)を決して批判するものではありません。(中略)仕事だけでなく、何年にもわたる経験から得た知識と直感をもっと信じるべきです。もちろん情報に基づいて決断する必要はありますが、そこには感情も存在していなければなりません。(中略)調査結果を鵜呑みにするのではなく参考にして実行する。」

この本の根底にあるのは原題のとおり、「見て、感じて、考えて、実行する」つまり、顧客の行動を観察して理解することです(デザイン思考と同じと私は考えます)。
リサーチャーの問題点は創造力を生かさず論理的スキルだけに頼るように訓練されすぎている(いた)ことかもしれません。図表2に調査会社のリサーチャーとリサーチユーザーの特質を比較しました。リサーチャーの役割は確実にユーザー寄りになってきていると思いますがまだまだなのかもしれません。MRの目的は顧客の問題を解決すること、言い換えると顧客はマーケティング上の問題解決のオプションの一つとしてMRを利用するわけですから、リサーチャーは顧客をもっと理解し(顧客の問題に寄り添い)、顧客の先に存在する顧客(消費者)を深く理解する必要があります。

調査会社とクライアントの特質比較

今のリサーチャーは本当に顧客に寄り添っているか?

MRもオンライン調査が主流になってくると、若手の定量調査のリサーチャーは消費者(対象者)やインタビュアーとの接点がほとんどなくなっています。ベテランのリサーチャーでもそれは過去の経験になってしまっています。サンプルサイズが大きくなって、サブグループの分析が以前よりできるようになったとしても、それで消費者理解が進んでいるとは到底思えません。またマーケティング・サイエンスやビッグデータは消費者行動を分析しているように見えますが、消費者行動の背後にあるReason whyを本当に抽出されているのか疑問ですし、マーケティング・サイエンスが出した答えをそのまま利用しているだけに留まり、リサーチャーが深く考えることがなくなっているようにも思えます。
一方定性調査のほうは、行動観察やニューロや生体反応などアプローチの幅を広げ消費者のReason whyに迫っているように思われます。問題なのは定性と定量の分析が一人のリサーチャーあるいは一つのチームでできていることが希なことです。特にMR会社側にプロデューサー型のリサーチャーが必要です。あるいはクライアント側のリサーチャーが複数のMR会社を使い分けるようになるのでしょうか?

3:リサーチャーはN=1(母集団サイズ=1)を助けられるか?

「製品を売るな、夢を売れ」(スティーブ・ジョブズ)
「ラーメンを売るな、食文化を売れ」(安藤百福)
「ウォークマンという機械を売るのではない。音楽を街に持ち出すライフスタイルを売るのだ」(盛田昭夫)
「私の仕事は人々の生活を便利にすることではない。人々の生活をよくすることだ」(スティーブ・ジョブズ)

第34回のコラム「リサーチ不要論」のところでも述べましたが、これらの人達が調査を嫌うのは、消費者は自分の求めているものを明確に意識しているわけではないし、求めている製品の輪郭を描けるわけではないので、アイデアが斬新なほどネガティブに反応しがちであり、ひとたびMRの結果が出るとそれが決定論になってしまうのを恐れるのが理由の一つと考えられます。パラダイムの違う全くの新製品にネガティブに反応する代表は、社内の抵抗勢力(例えば役員会や営業部門=新しいパラダイムの仕事の価値を古い分析的パラダイムの価値観で評価してしまう人達)です。ひとたび消費者調査の結果が出ると抵抗勢力を奮い立たせてしまうからです。上記の人達は企業の中で大きな力を持った人達ですから、自分のアイデアを押し通すことができ、大変な成功を収めることができました。N=1でも成功したケースです。一方、斬新なアイデアを生み出す人が企業の中で大きな権力を持っているとは限りません。リサーチャーはこのようなアイデアの抵抗勢力になるのではなく、失敗の確率が大きくてもN=1のパトロンになるにはどのような工夫が必要なのでしょうか?自身が本当の“目利き”になるか、消費者からエクストリーマーを選抜するか?

リサーチャーはn=10あるいはn=100になれるか?

消費者は10人10色(最近では1人10色?)です。優秀なリサーチャーなら消費者のペルソナを10体ぐらい作れるのではないでしょうか?リサーチャーは調査を企画・分析するに当たり決してN=1ではありません。あなたは消費者の100人分ぐらいなら想像できるようになれるはずです。アルプスの山で100頭の羊を飼っている羊飼いはそのすべてを識別するそうです。

4:WhatとHow:リサーチャーの責任はどこまで?

調査結果の報告において度々クライアントから打ち手が見えないとお叱りを受けます。
ここで今一度AMA(アメリカマーケティング協会)のMRの定義の要旨をおさらいしたいと思います。

  1. マーケティング上の機会と問題を明らかにする(それをベースに戦略や戦術を設計する)
  2. 1から得られた4Pに代表されるマーケティング戦術(製品、価格、チャネル、プロモーション)のオプションを作り、洗練させ、最後に最適案を選ぶ
  3. 2で選ばれたオプションを使ったマーケティング活動の成果の検証

です。MRはどのステージでも行われますが、2のテスト系の調査の結論・提案に関して問題は少ないと思います。
問題は1と3のいわゆるサーベイ系の結論と提案に関してです。私個人の力量としては方向性としての「何をすべきか(What)?」はそれほど問題なく書けると思っています。しかしそのWhatに「どのような打ち手があるか(How)に関してはある程度は書けるかもしれませんが、それを報告書に書くのは躊躇してしまいます。なぜなら一つのWhatに対してHowはいくつか考えられますが、そのすべてをMECEにカバーしている自信がないからです。他にオプションがあるかもしれないのに、自分で考えたものを一つ二つ書くことはクライアントをかえってミスリードしてしまうのではと考えてしまいます。解決案はクライアントと当該カテゴリにおいて親密な関係になること、そしてHowはクライアントと共同して作るしかないと思っています。

5:終わりに

このコラムも39回の今回で一区切りにしたいと思います。

私自身1972年に新卒でMR業界に入り、途中メーカーに8年ほど移りましたが、一貫してMRにかかわってきました。転社はしたけれど転職はしなかったことを誇りに思っています。この間一貫してよき上司、先輩、同僚、後輩にめぐり合い刺激を受けました。そして何より多くのクライアントからチャレンジングなプロジェクトで経験を積ませて頂きました。本当にどうもありがとうございました。

次回からは、楽天インサイトのリサーチャーによる各コラムが始まります。ご期待ください。

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