第16回

デジタル技術がマーケティングに及ぼす
もうひとつのインパクト

デジタル技術がマーケティングに及ぼすもうひとつのインパクト執筆 : 德永 朗

マーケターに求められるデジタル技術進化の捉え方

インターネット環境を基盤にしたデジタル技術の活用は、リサーチはもとより営業活動や販売方法、見込み顧客の把握・育成、既存顧客の管理や関係強化など、企業のマーケティング活動を様々な面で進化させている。それらの有効活用は、マーケティングに携わる人たちにとって大きな課題である。

しかしそれだけでなく、事業戦略やビジネスモデル、あるいは顧客に価値を届けるまでのバリューチェーンなど、より大きな枠組みで変化を捉えることで、デジタル技術がマーケティングにもたらす新たなインパクトが見えてくる。デジタル・マーケティングやマーケティング・オートメーションなど、日々のマーケティング業務に関わる課題にどう取り組むかももちろん大事だが、このコラムでは少し目線を上げてマーケティングの前提となる事業の変化を捉え、そこから今後のマーケティングについて考えてみたい。

スマホにみる事業変革の本質

昨今、IoTやAIがバズワードとなっている。ただそれらはあくまで手段であり、IoTによって集積したデータに対してAI技術を活用することで、事業にどのようなイノベーションを起こすかに関心を向けるべきある。企業経営にとって重要なのは、それらを活用した事業変革の推進である。変革の意味するところは、デジタル技術の力で新たな価値を生むことである。そして筆者が強調したいのは、そのデジタル事業変革において生み出される価値が、その内容だけでなく創り方も従来とは異なるという点である。すでに起きているそのような価値創造の様相を見てみよう。

今や暮らしになくてはならないスマートフォン(スマホ)が、従来の電化製品と大きく異なる点は、機能がハードウエアから切り離された点にある。消費者一人ひとりが購入後にアプリをインストールすることで、欲しい機能を手にする。従来は、最終商品のメーカーが重要な機能をあらかじめそれに内在化させてきた。すなわち、消費者が享受する価値は、最終商品の工場出荷時に確定したものであったのに対し、スマホでは価値がハードウエアと束なった(バンドル)状態から解放された。価値がアンバンドルされたのである。価値を支えるOSや通信事業者(キャリア)もまた、機能から分離・独立している。そして消費者の購買行動において、それら各々について選択が行われる(OSとハードウエアは一体化しているが)。マーケティングの主体である企業は、ハードウエア、キャリア、アプリなどの役割ごとに複数存在し、それらは他の役割を担う企業等のプレイヤーとは独立の関係にはないが、かといって強固に連携するものでもない。そして、そのような緩やかな協業の仕組みを有効に機能させるには要となる存在が必要で、スマホの場合は主にキャリアがその役割を担う構造にある。

新しい価値創造のアプローチ

このような価値のアンバンドルは、デジタル技術ならではの価値創造のあり方である。加工や組み立てによって価値が付加・増強され、最終商品に内包される価値を消費者が選択し、享受するのとは異なる。そして、スマホだけでなく今後幅広い市場に、このようなアプローチが拡がるものと考えられる。インターネット環境を活用して快適性・利便性を提供する、“つながる家”と言われるスマートホームの取り組みはその一例である。また、コネクティッドカーと呼ばれる “つながる車”では、提供される価値は躯体のデザインや機能、走行性能、安全性能、パッケージング、アプリ、地図、ユーザーインターフェースなど極めて多岐にわたる。コンテンツとハードウエアの機能・使用性が主たる価値となるスマホ以上に、多くのプレイヤーによって価値が提供される。それらを支えるOS、キャリア、AI、セキュリティ、さらには道路行政や関連諸団体等も含め、実に多様なプレイヤーが関与する。このような産業構造に変容する“つながる”時代の車においても要となる存在であるために、国内外の自動車メーカーは様々な自己変革を模索している。

多様な事業モデルの台頭で注目されているシェアリングビジネスも、従来の価値創造とは明らかに異なる構造をもつ。車や駐車場、宿泊施設、衣服などのシェアは、消費者の潜在ニーズへの着目とビジネスモデル開発の発想力で、インターネット環境とデジタル技術を有効活用する取り組みと言える。そのビジネスを推進するプラットフォーム事業者が、モノや空間等の提供者、それに利用者となる消費者と共に価値共創を行う仕組みである。消費者の購買行動においては、プラットフォーム事業者と、そこで提供されるサービスの提供主体の2者を選択することになる。面白いのは、消費者はシェアリングサービスの利用者であると同時に、シェアするモノや空間等の提供者にもなり得る点である。このことは、消費者に対するマーケティングにおいて、そのターゲットを“買い手” として捉えるだけでいいのかという問題を提起する。

複層的な価値から構成される新たな市場

これまでみてきたように、デジタル技術の活用が生む新しい事業では、企業の価値創造への関わり方が従来とは異なる。複数のプレイヤーの協働によって、それぞれが担う役割での強みを活かして創られる価値が束なって、“つながる”車や家のようなより高次(メタ)の価値が創出される。各プレイヤーは、その“メタ”な価値の構成要素となる様々な役割を通して、必要不可欠な存在とならねばならない。これがデジタルの時代の事業変革に伴う、新しい価値の創られ方である。このような複数の企業群、場合によっては(たとえば都市生活を支えるインフラやシステムでは)官や学も加わって行われる価値創造のありようは、生態系を意味するエコシステムと呼ばれる。

この価値創造の複層的な構造は、今後他の市場でも起こることが考えられる。たとえば、食品の価値がアンバンドルされ、より新鮮でおいしいものが食べられるという消費者にとっての“メタ”な価値が、従来的なバリューチェーンに立脚した加工食品とは異なる形態で提供されるかもしれない。それは、加工食品メーカーに、原材料生産・調達、調理家電、小売、物流、通信、ネット、アプリなどに強みを持つ企業群も参画し、それぞれが“メタ”な価値を実現するための様々な役割における“ミクロ”の価値を担う、新たなエコシステムを通して実現されるであろう。

初めから高次の価値創造を想定しなくても、大企業がオープン・イノベーションやベンチャー企業との協業に取り組み、技術やノウハウなどをより幅広い事業で活かすことを模索するうちに、 “メタ”な価値をもたらすエコシステムが形成されるというパターンも考えられよう。

マーケティングの対応

では、ここまで述べてきたような価値創造のアプローチをとる事業において、マーケティングはどのような変革を求められるだろうか?

  • ターゲットの考え方を拡張する

マーケティングの基本戦略のひとつであるターゲティングの対象は、一般的には消費者や顧客企業(BtoB事業の場合)などの“買い手”であることは言うまでもない。しかし、デジタル技術を活用した新たな価値創造が行われる事業においては、エコシステムを形成するパートナーとの関係性もマーケティング課題のひとつとして捉えて、協業の創出・進化を促進すべきと考える。新たな市場でのパートナーとしての魅力や存在感を高めるべく、 “メタ”な価値とその構成要素として自社が担う役割の関係を意識して、自社の能力をマーケティングすることが求められる。またエコシステムの要を目指す企業であれば、多くの潜在的パートナーからそのポジショニングに値する存在との信認を受け、参画を促してエコシステムの充実につなげることも課題となる。パートナーとの関係構築に関わるこれらの課題に対応する際、「顧客起点」「価値発想」が基本となるマーケティングの考え方は意義深いものと言える。手法には工夫を要するが、消費者と同様に適切な理解や印象・評価の浸透状況をリサーチで定点的に確認し、対応策の検討に役立てることが望ましい。

消費者についても、“買い手”としてのみならず、傾聴に値する価値共創のパートナーとして、また前述のシェアリングビジネスの場合のように資源の提供者としての関係性を育む必要も生じている。

  • 社会的意義の文脈を提供価値に織り込む

先に論じた市場群からもわかるように、インターネット環境での“つながり”を活かして、様々なプレイヤーたちの能力の結束が可能にする“メタ”な価値は、広い範囲にインパクトが及ぶ。新たに生まれる価値は多くの場合、社会全体と共有されるものになるのである。この点を前面に押し出して “メタ”な価値を啓発することで、社会インフラにも類した位置づけと実状を浸透させることは、消費者の需要拡大のみならずエコシステムそのものへの社会的な評価をもたらす効果があると考える。またその要を目指す企業では、新市場の社会変革の側面を企業のミッションと位置づけ、思いを持ってその変革をリードする行動をとることでパートナーから信を置かれる存在になることができよう。事業で創出する価値の社会的意義を提唱・啓発し、能動的かつ社会全体を導く取り組みを実践、訴求するソート・リーダーシップの概念は、幅広い企業にとって参照するに値するものである。

新市場の社会的な意義、ひいては社会インフラに準じるものとしての認識は、エコシステムの成員に価値創造への前向きな取り組みを促す力を自ら持つ。その一人ひとりの従業員への動機づけにもつながるため、新事業の社会性を中核テーマにしたインターナル・マーケティングも一考に値する。

  • 適切なコミュニケーションの場や機会を設ける

ターゲットの考え方の変容に即して、コミュニケーションの場や機会も再点検する必要がある。数年前に、世界的な家電の見本市で、自動車メーカーのトップが基調講演に立ったことが大きなニュースとなった。企業活動のフィールドの変化を踏まえた、パートナーとの関係性強化を眼目とした情報発信やブランド体験の場の吟味が求められる。

いま注目が高まるコンテンツ・マーケティングは、創出される “メタ”な価値の本質、その社会にとっての意義と浸透状況、パートナー各社の独自能力を活かした関与などを、多様なターゲットに向けて訴求するのに適した手法と言えよう。それに伴い今後は、コンテンツ・マーケティングに代表されるオンライン上の恒常的な顧客接点の有効性の確認に関わるリサーチの活用が課題となる。ネットの技術によって多くのデータが収集できるが、whatは把握できてもwhyの抽出なくしては適切な打ち手を講じることはできない。深いインサイトにもとづく効果検証にはマーケティング・リサーチの有効活用が不可欠と考える。

一方で、マーケティングの大家P.コトラー教授が『マーケティング4.0』で指摘するように、オンラインの時代になればなるほど人々はオフラインの交流を求めることも頭に置きたい。イベントや展示会などでの体験もさらに重視し、オフラインとオンラインの相乗効果を意識した場や機会の設計が必要とされる。ブランド力のベンチマークやキャンペーンの効果測定を目的とするリサーチにおいては、様々な施策の意義をそのような視点を織り込んで確認する視点が求められる。

以上、企業のデジタル技術の活用は、事業変革の文脈からもマーケティングに影響を及ぼすことを論じてきた。デジタルの時代のマーケティング・リサーチの新たな役割として、エコシステムが創出する高次の価値とその社会的意義や、それを構成する要素に関わる価値やそれへの自社の関与について浸透状況・評価を把握し、啓発や理解醸成のための施策検討に役立てることが挙げられる。消費者だけでなくパートナーや社内に対して、定点的あるいは施策ごとに、目的の達成度合いを精査することで経営を支援する武器としたい。加えて、様々なマーケティング施策の効果性を検証して改善に役立てるために、自動的に「集まる」データの分析では見えないその背景を、リサーチで「集める」データによって補完する姿勢も銘記したい。

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