マーケティングの“いま”にどう取り組むか執筆 : 德永 朗

“いろは”と“いま”

この4月から都内のある大学で、リサーチや消費者行動論を含むマーケティング関連の複数の講義を担当しています。テクノロジーの進化が可能にしたデータ・ドリブンなマーケティングが売りの仕組みづくりを席巻する“いま”、「STP」や「4P」といったマーケティングの“いろは”を教えている場合か?という思いを封印し、学生の利益を最優先に、“いま”よりも社会に出てから役立つ点において“普遍的な”教えを意識して、“いろは”を基本とする講義を進めています。今回は、“いま”と“いろは”の狭間に立つことで得た様々な気づきの中から、現代のマーケティングやリサーチに取り組む際の留意点に関わることをひとつだけ、読者の皆さんと共有させていただきます。

マーケティングは仮説思考

マーケティングを学ぶ学生たちには、仮説をもつことの重要さを説いています。リサーチの講義においては、そのことはリサーチの位置づけを理解することにもつながるので、とりわけ重要なことと考えています。

ここで言う仮説とは、市場における消費者やブランド等の現況に関わる仮説にはじまり、それにもとづいて設定する課題の仮説、さらにはそれを解決するための戦略や施策の仮説まで、すべてを含みます。講義では、狭義の市場調査に依存する方法だけではなく、マクロデータ等の既存情報なども活用した仮説へのたどり着き方をまず説明します。そのうえで、リサーチの目的には仮説の構築と検証の双方があること、定量調査・定性調査の各々にそれらに対する適性があること、さらには仮説構築および検証のためのリサーチが商品開発やキャンペーン計画等の実務の中でどのように位置づけられ、具体的にどの段階でどのような調査を実施・活用するかを語ってきました。社会に半歩も踏み出していない学生にとっては、これらの理解はなかなか骨の折れることのようではありましたが。

そんな学生たちも、ビジネスという未知の世界のテーマであっても、アイデアを出すことには臆することなく嬉々として取り組みます。しかし、切れ味の良さは認められても、物事の本質に迫る骨太さには縁遠い思いつきのアイデアにすぎないと受け止めざるを得ないことが多く、その際にはロジカルな発想を求めるようにしています。書店にはデザイン思考に関わる本が何冊も並ぶ時代ですが、あくまでロジカルな思考が基本であり、デザイン思考とはそれを身に着けた人が発想の幅を広げるためのものと筆者は捉えています。加えて、ビジネスにおいては、自分の考えをオトナたちに説得し納得させること、あるいは実行に向けて協働する仲間たちに共感をもって共有させることが大切であり、そのためにもロジカルな発想・思考を大切にすることが望ましいと学生たちに伝えます。そして、現状その理想像にはほど遠く、説得や共有の手段を持ち合わせない現実を突きつけます。そのような認識を持たせたうえで、ロジカルな思考には不可欠で、自らの考えの共有・説得に効果的な、仮説構築・仮説検証を動機づけ、その方法論を教示します。これは、単なる思いつきのアイデアでない、合理的で納得性の高いマーケティング計画を立案できる素養を身につけるのを期待してのことです。

ターゲティングにおける仮説思考の危機

ところで、ビジネスの実務に従事する私たちも、仮説構築・検証の繰り返しの大事さを忘れてはいないでしょうか。いや、忘れることを余儀なくされる環境下にないでしょうか。自信を持って大丈夫とは言えないでしょうが、人間がすべてを考える時代においては、“仮説”を忘れることが問題を生じさせるようであれば、慎重な意思決定を志向するために、仮説思考が必然的に出てくるでしょう。しかし、ビッグデータを活用したデータ・ドリブンのマーケティングにおいては、解析結果がとるべき行動の解を示してくれます。そのために、仮説を持たなくても仕事を進められてしまいますが、これには大きな注意を払う必要があります。なぜならば、解析結果を唯一無二の正しい解と捉える人も少なくないからです。今後企業がAIに対して大きな投資をし、期待をかければかけるほど、AIが出す解析結果に対して、仮説として位置づけよう、もしくは仮説構築のヒントとしよう、などと、つまりはさらにこの先に検証というフェーズをもつべきだと言い出すのは勇気のいることと思います。

データを活用した意思決定のあり方は、十分に議論されたものであれば、何であれ批判すべきことではありません。客観的な正解があるものではありません。ただ、筆者が案じるのは、その結果生じる“戦略的なターゲット設定なきマーケティング”です。「次に最も買ってくれそうな人」や、「あと一押しあれば買ってくれそうな人」を狙い撃つのがデータ・ドリブンの世界の基本です。そこではペルソナの議論も、生活者の感情の精査も必要とされません。これは、ブランドの育成にとって決して好ましいことではないでしょう。ブランド・マネジメントの根幹は、顧客・社会に提供する価値を戦略的に設定し、それに沿った事業活動を行うことにあるからです。またそのような視点に立たずとも、自らのブランド・企業らしいポジショニングや競合との差別化が勘案されないと、多様なマーケティング施策の一貫性が損なわれる懸念もあります。

もっとも、ホットな顧客を狙い撃ち続ける方法を否定するものではありません。捕りつくす心配をすることがないのならば、効率性の高さを担保された施策を追求するのも合理的な解と考えてもよいでしょう。ましてや今、デジタル技術を活用した新市場の萌芽や既存市場の進化が様々な分野で起きており、従来の市場の枠組みや捉え方にとらわれてはいけないことも少なくありません。たとえば、従来からの市場では近接する市場との境目が希薄になって一体的に考えた方がいいとか、成長期にある市場では消費者にとっての商品の意味や価値の変化を常に注視すべきとかいう状況が、多々起きていると思われます。そのような、短期的には顧客や消費者の態度が捉えづらかったり、流動的だったりする市場では、セグメンテーションやそれに依拠したターゲティングを行うよりも合理的なこともありましょう。ただしその際、市場をどういう枠組みで捉えたデータかを吟味し、適切なものであるかどうかを常に確認すべきと考えます。

産業構造の変化にも気を配る必要があります。たとえば自動車産業では自動運転技術の進化やシェアリング事業の拡大で、モビリティ(移動)という価値の下に、新たな企業の役割や位置づけの模索が始まっています。食の産業でも、加工食品や外食の企業が原材料生産や中食への関与を強めたり、調理家電の企業が新たな価値の創造を試み始めたりしており、今後、各企業で自らの立ち位置の模索が始まると思われます。このような構造変化の中では、価値の提供の形がモノからサービスに移行することが考えられます。そうなると、データの捕捉の方法が変わります。商品ブランドでなく企業・事業のレベルでの競争になることも考えられます。必要なデータが従来とは違う状況、もしくはデータや経験の蓄積が活かせない局面、過去が未来を示唆するとは限らない局面が起きると考えられます。

“いま”のマーケティングに携わる人は、従事する市場や産業の変化に即して、戦略的なターゲティングに即したマーケティングの重要性・必要性を確認し、それに即してデータ・ドリブンなマーケティングのありようが適切かどうか精査することをお勧めします。

メッセージ開発における仮説思考の危機

データ・ドリブンのマーケティングが仮説構築・検証の意義を見失わせてしまう可能性のあるもうひとつの領域が、戦略的なポジショニングやコンセプト開発です。ビッグデータが叫ばれ始める前、デジタル・マーケティングの時代と言われ始めた頃から、マーケティング・コミュニケーションの課題は変わっていったように思います。すなわち、メッセージとメディアの両輪でマーケティング・コミュニケーションを計画していた状況が、変化し始めたということです。メディア戦略の重要さは変わりません。ただ、ネットを介したつながりの深化や、その一方で進むリアル体験の価値向上の結果、情報に加えて経験という要素にも目配りした統合的な発想がより強く求められています。

問題はメッセージ開発です。商品・ブランドへのパーセプションを変えて人を動かすことを目的に戦略的に策定されたポジショニングやコンセプトにもとづき、短期的な市場・消費者・競争環境等を勘案してメッセージを開発するのが、従来の“いろは”なやり方でした。しかし、データ・ドリブンのマーケティングでは、“この顧客はこの方向性のメッセージが購買に導く確率が高い”と判断したら、諸々の前提は抜きにして自動的にそのメッセージを生成し、送ります。なんなら、潜在顧客の数だけ個別化されたメッセージをつくることさえできます。そうなると、ポジショニングやコンセプトを踏まえること、ひいてはその仮説構築、検証を繰り返すようなプロセスは棚上げされるでしょう。そしてここでもまた、ブランドの育成にとって負の影響を及ぼす可能性があります。

上述のような市場や産業の変化に鑑みれば、コンセプトやポジショニングにこだわることが賢明でない場合もあるでしょう。しかし、“いま”のメッセージ開発が部分最適化の産物となっていないか、データからの示唆だけでなく戦略的なマーケティングの枠組みでも考える必要はないのか、検討してもいいのではないでしょうか。

より大きな枠組みで『マーケティングの“いま”』を考えよう

新市場の創造、既存市場の進化や枠組みの変化、産業構造の変化をもたらす新たな事業モデルの開発など、デジタルの力は猛烈なスピードとパワーで経営やビジネスを変えています。もちろん、デジタルの力はマーケティングにも変化をもたらしていますが、マーケティングに閉じたデジタルの恩恵にしか目をやっていないということはないでしょうか。デジタルの力がマーケティングに関して可能にすること、端的に言えば“いま”のデータによってわかるようになったことに心を奪われ、マーケティングを取り巻く環境にまで目配りができていないということはないでしょうか。経営に従事する方々には、経営の発想でマーケティングを再構築する好機だと主張したいところですが、現場で日夜マーケティングの仕事に携わる皆さんには、経営や産業・市場のダイナミズムに目を向けて、その変化に則って、 “いま”のマーケティングを計画すべきと訴えたいと考えます。そうすることで、データ・ドリブンのマーケティングの時代における、新たなマーケティング・リサーチの課題や役割も見えてくるように思われます。

お問い合わせ

【調査発注をご検討の方】 調査・お見積りへのお電話でのお問い合わせ
0120-944-907(受付時間:10:00~17:00)

【アンケート回答者の方】 アンケートモニターに関するFAQを見る・問い合わせをする

キーワード
  • インターネットリサーチ
  • マーケティングリサーチ
  • ネット調査
  • モニター
  • アンケート