新製品開発を成功に導く上で、調査がどのように寄与しているかについて新製品開発の初期の段階から発売に至るまでを、5回に分けて解説していきたいと思います。なおこの稿は私のコラムの第1回~第11回までを、内容の粒度をあげて作成する予定です。
新製品開発のプロセスの俯瞰
新製品の開発プロセスに沿った、消費者とかかわるMRの関係は、ステージ1の「消費者(市場)の深い理解」から、ステージ8の「上市後のモニタリング」まで、次のようにフレームワークとして表現することができます。図で白抜きの部分はマーケターが新商品を開発・上市するうえで、意思決定しなければいけないステージを表しています。その下の枠に入っている事項は意思決定する上でマーケターが必要とするMRからの情報です。ここで何より大事なのは「ステージゲート」という考えです。開発のステージごとにゲートを設定し、一つ前のステージをクリアできなければそれ以降の開発を続けられないという考えです。
ステージゲートの設定と調査のプロトコル化がキー
新製品開発をスムーズに進めるには開発の早い段階から成功の可能性の高い商品アイデアを見極めていくことが大事です。開発プロセスの早いステージで見込みのないアイデアの開発をストップし、ポテンシャルの高いアイデアに資源を集中することで、時間、コスト、リソースの削減につなげることが可能になります。またその結果として新製品開発のパイプラインの中に新たに多くのアイデアを持ち込むことが可能になり、新製品の成功のチャンスを増やすことが可能になります。また各ステージ内では、たとえばステージ3のコンセプトの開発・評価のステージではその前のステージの観察調査やワークショップで生み出された数多くの新製品アイデアからポテンシャルの高いアイデアを選抜し、さらにそれらを定性調査などでブラッシュアップさせます。その上で、このステージの最後には(定量調査で)最も可能性の高いものに絞込みます(この過程をNature&Deciplineといいます。あるクライアントは“広げてたたむ”というそうです。言いえて妙です)。
ステージゲートを効率的に働かすには、ステージごとに新製品アイデアの評価のレベルに関し、客観的な判断基準・ベンチマークが必要になります。ステージごとに調査(テスト)のプロトコルを持つことが必須です。プロトコルができれば過去の成功商品の各ステージでの調査結果と比較することができたり(トレーサビリティ)、ステージごとに調査結果を蓄積して、ノームが設定できます。そうなればステージごとにアクション・スタンダードの設定がしやすくなり、Go/No goの判断が開発の早い段階から導きやすくなるからです。
ノームを作る条件
ノームの設定には、ステージごとに調査(テスト)デザインの標準化が必要です。調査の標準化とは、次のような条件が揃い、毎回同質の調査が担保されることが最低限必要です。
- 調査方法の標準化・・・調査方法(CLT、HUT、あるいはインターネット調査、調査地域など)
- 調査デザインの標準化・・・モナディックテスト、サクセッシブモナディックテスト、一対比較テストなど(同じ製品をテストしても、モナディックテストとサクセッシブモナディックテストの最初に試す製品の評価は違います。モナディックと一対比較も当然違います。なお一対比較テストではノームの蓄積はできません。=テストする相手により評価が違ってくるからです)
- 調査対象者の範囲・・・カテゴリーユーザーの間でテストする、など
- ノームを作る調査項目の、質問順序(特に購入意向を質問する位置)、ワーディング、評価尺度、など
- 定型化された刺激物であること・・・(コンセプトのフォーマットなど)
ノームがあると便利な理由は次のように整理できます。
- より客観的な評価が可能になる。アクション・スタンダードの設定が楽になる(トップ25%に入っていないとゲートを通過できないなど)
- リサーチャーやマーケターのGo・No goの判断が楽になる。マネジメントの説得も楽になる
- 開発の早いステージで可能性の低いアイデアの開発をストップし、ポテンシャルの高いアイデアの開発に資源(時間、コスト、リソースなど)を集中できる
などです。一方でノームに頼りすぎると、マーケターのもっとよいものを作ろうというモチベーションを削ぐこともあります。
また新製品開発のプロセスが標準化されるということは、調査(テスト)のトレーサビリティが確保されることでもあります。ノームの蓄積が十分でなくても、上市した製品の成功例、失敗例とその製品の開発プロセスにおける消費者の評価を紐付けることができれば、大きな資産になる筈です。
ステージ3 新製品コンセプトの重要性・・・コンセプト ファースト
コンセプトは商品企画プロセスを統合する非常に重要なものです。マーケティングミックス(製品、パッケージ、ネーミング、コニュニケーション、プロモーションなど)の開発の方向性は、基本となるコンセプトを強化するように進めなくてはなりません。開発途中でコンセプトがこの役割を弱めれば、新商品には一貫性がなくなり、顧客満足も低くなってしまいます。開発効率、マーケティング効率も落ちます。
調査で使う「新製品のコンセプト」のつくり方
インサイトでひきつける
これまで新製品の開発過程で、開発プロセスのゲートを作り、ゲートごとに評価項目、ワーディング、スケールを決め、ケースを蓄積し、ノームを作る、あるいは調査結果と新製品の成功・失敗経験とのトレーサビリティを確保することの重要性を述べてきました。調査で使う新製品のコンセプトについても、統一されたフォーマットがあることが大事です。
お勧めのコンセプトのフォーマットは、下図のように、
- タイトル/コンセプト名
- (消費者)インサイト
- (消費者)ベネフィット
- RTB(Reason to believe=信じられる理由)
- タグライン(締めの言葉)
の5つのパーツからなるものです。
注意いただきたいのは、調査用のコンセプトでは、最初にキャッチフレーズを出さないことです(実際の広告とは違います)。その理由は、調査対象者はキャッチフレーズを見て、コンセプトを理解したつもりになってしまうからです。キャッチフレーズはインサイトやベネフィットから注意をそいでしまいます。キャッチフレーズは最後のタグラインのところに持ってくるべきなのです。
インサイトは、特に新製品が全く新しいカテゴリーの場合、非常に重要です。インサイトがないと消費者は魅力を感じません。たとえば「携帯電話にカメラ機能がつきました」という説明だけでは興味を喚起できません。「それは私に何をしてくれてどんな価値をもたらしてくれるのか」が想像できないといけません。また、インサイトはターゲットを絞ると切れ味も鋭くなりますが、絞りすぎると「私には関係ない」という人も増えてきますので注意が必要です。
ベネフィットとRTBの関係ですが、(日本では)ベネフィットは情緒的であり、RTBは機能的であることが多いようです。 RTBには次の4つのパターンがあります。
- エビデンス(証拠)・・・製品やサービスに紐づいた客観的な事実に基づいた情報(製品属性、機能的な革新情報・仕組み、製造工程、開発秘話、など)
- エンドースメント(推奨)・・・ブランドに外部から与えられる承認、推奨、支持、根拠に基づくRTB(専門家、オーソリティ、評価機関、国の許認可、民間企業のアワードなど)
- リサーチデータ・・・エンドユーザーやプロの評価をデータとして収集するRTB(満足度00%、00人の専門家が認めた、100万人が既に使用など)
- ブランドイメージ・・・論理よりは感情に訴えるRTB(ブランドの歴史や実績、作り手や創業者の想い、ブランドのパーソナリティを引き出すタレントを起用など)
また、コンセプトの長さは発売時に予定している、主な広告媒体で伝えられる量であることも重要です。15秒CMが中心でしたら、その中で伝えられるだけの情報量になりますし、プリント媒体が中心でしたら、コンセプトの情報量も多くなります。広告を打つ予定がなければ、パッケージの表に書かれているだけの情報になります。
調査用コンセプト作成における大切な原則
調査で使うコンセプトを作る際の原則を、つぎの2つの要素に分けてまとめました。
- 優れた商品コンセプトが遵守している原則
- 形式的なチェックポイント
[消費者インサイト]って何?
インサイトは3つに分類できる
消費者インサイトに関しては、多くの人が様々な説明をしていますが、そのうちのいくつかを紹介します。まず2010年のJMRAのアニュアルカンファレンスの基調講演でP&Gの桐山社長(当時)は、インサイトとは、「1 データでは見えてこない真実」「2 心の奥深くに存在する感情やニーズ」そして「3 ビジネスを成長させる可能性を秘めているもの」と説明しています。
また次のように説明する人もいます。
- 「ターゲットとなる生活者が自分では気がついていなかったり、気づいてはいてもそれをだすことがためらわれる生活者の中にある本当の思い」
- 「インサイトとは人が無意識に持っている欲求、体験の不完全性やなんとなく感じる違和感。それを外部から刺激することで、問題意識や購買意欲が顕在化する」
などです。ちなみに筆者は「気がつかされればニーズに変わるもの」と説明しています。
では、何故インサイトが重要なのでしょう?それはインサイトがターゲットとなる生活者と新製品のコンセプトやアイデア、またコニュニケーションのアイデアを結びつける「カギ」となるものだからです。ターゲットの生活者が「そうそう・あるある・なるほど」と思う製品は生活者にとって目新しく、興味・関心を喚起する力が強く、またコニュニケーションは説得力を持って生活者の記憶に残るからです。
インサイトは3つに分類することができます。
- ヒューマンインサイト
- 時代背景のインサイト
- カテゴリーインサイト
ヒューマンインサイトとは「すべての人、あるいは世代、ターゲットの人達が共通して持っている関心、気持ち、感情」です。時代背景のインサイトとは「現在の時代背景から消費者が抱く気持ち、感情」です。例えば「エコロジー」だったり、東日本大震災後の「絆」です。カテゴリーインサイトとは「生活者がその製品カテゴリーに抱いている気持ちや潜在ニーズあるいは特定のブランドに対する知覚でそのブランドを購入する動機になっている(あるいはその逆の)深層心理です。
この組み合わせがうまく機能すればヒット商品やパワフルなコミュニケーションが生まれるのです。
次回はコンセプトテストに始まり、各種テストについて解説していきます。