消費者の観察からインサイトを見つける
コンセプトの重要性(コンセプトファースト)は前回述べました。ここでは消費者を観察することによって得られた個々の事例を基にワークショップで消費者の気持ち・満たされていないニーズ・抱えている問題点を検討し、そこからターゲットとなる消費者に共通する「ニーズ」(生活者インサイト)を抽出し、コンセプトに落とし込むまでの流れについて説明します。
ワークショップは観察を行ったチームで実施します。そのプロセスは:
- (ワークショップ前)異なる専門性(マーケティング、営業・販売、製造・技術、広告・パッケージの専門家、リサーチャーなど)およびワークショップのファシリテーターからなるチームを編成し、ターゲットとなる消費者を観察
- (2~5はワークショップで)観察した記録(先入観で判断しないでありのままを受け入れる)をすべて、ポストイットに書いて(壁に)張り出す
- チームで観察記録を見直し、観察した行動・事象の背景に共通して存在すると思われる気持ちや意識・価値観をKJ法などを使ってまとめる(クラスタリング)・・・背後仮説といいます
- 多くの背後仮説をグループ分けした上で見えてくる、よりシンプルで大きな仮説(共通仮説)を考える
- 考え出された共通仮説の中から、興味深いものを選んで、観察した事実に立ち返りながら、ニーズと葛藤(図表2参照)を考える
ここでのアウトプット(インサイトプラットフォームといいます)はクラスターごとに次の3項目から構成されます。
- ヒューマンインサイト(人としての根本的な欲求、抱える問題点)
- カテゴリーインサイト(カテゴリーにおけるニーズ・問題点)
- 観察した事実(どんな行動・言動が見られたか)
なお、最近「デザインシンキング」という言葉によく接しますが、1~5で創出されたアイデアのプロトタイプ(紙のプロトタイプでも可、ストーリーボード、動画など)をつくり、実際にターゲットとなる消費者に使ってもらいフィードバックを受け改善を続け、徐々に完成に近づけていくアプローチです。デザインシンキングとは、要するに「観察から洞察を得て、仮説をつくり、プロトタイプを作ってそれを検証し、試行錯誤を繰り返して、改善を重ねながら、モノ(製品・サービス)を作り出す創造的なプロセス」です。参考までにデザインシンキングによる商品開発プロセスをまとめたものを示します。上記の観察~ワークショップのプロセスとほぼ同じであると理解できると思います。
インサイトをコンセプトへ展開する
次に、上で得られたインサイトプラットフォームのカテゴリーインサイトとヒューマンインサイトをベースにして製品コンセプト(プロポジション=消費者に対する価値提案)を作っていきます。コンセプトのフォーマットは前回説明したとおり:
- インサイト
- ベネフィット
- RTB(製品説明=ベネフィットが信じられるワケ)
から成ります。
なかなか良い具体例はないのですが、桶谷功さんのセミナーの記録(ポケットドルツの開発)を筆者なりに纏めたものを以下に示します。第1ステップはヒューマンインサイトとカテゴリーインサイトを組み合わせてキーとなるインサイトを出します。このキーインサイトをベースにワークショップでの集合知の助けを借りて、製品のプロポジション(価値提案)を創出します。なお力強いインサイトには「葛藤」があると言われています。「したい、やりたい、でもできない」という感じです。この例だと、「キーインサイトのランチ後に歯磨きをしているが、(電動歯ブラシで歯磨きをしたいのだが)電動歯ブラシは恥ずかしくて使えない」になります。
全くの新製品の場合のコンセプト
今までにないような斬新なアイデアを商品化しようとするならば、今までに存在していない以上、それの良し悪しを消費者に直接確認することはできません。聞かれたほうもそれが良いか悪いかを判断する尺度を持っていないのですから。
「携帯電話にカメラ機能がついたら?」では全くダメです。それは自分(消費者)にとってどんな良いことがあるのかを最低限示す必要があります。そのためにコラージュのようなビジュアルやプロトタイプの助けが必要です。
コンセプトを1枚のシートに纏める必要はありません。都市開発やマンション・住宅のパンフレット、キッチンのリフォームのパンフレットなど新製品のコンセプトの見本になりそうなものはいくらでもあると思うのですが?現在ではバーチャル・リアリティも使えます。
スティーブ、ジョブズは「FGIから製品をデザインするのは難しい。多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいかわからないものだ」と言っていますが一方で「製品にできることを訴えるだけでは、消費者にとって魅力にならない。製品を売るな、夢を売れ」とも言っています。ソニーの盛田さんも「ウオークマンという機械を売るのではない。音楽を街に持ち出すライフスタイルを売るのだ」と言っています。プロトタイプや新製品を手にしたときの“世界観”を作れないことはないと思うのですが・・・。
ジョブズさんや盛田さんはワンマンですから自分のアイデアを(社内の反対があっても)強引に押し通すことができます(彼らが調査を嫌うのは、ひとたび第三者が調べた数字がでると、プロジェクトを止めなければ成らない、というプレッシャーになるからだと私は思っています)。また期待される性能や使い勝手が得られるまで、社内の組織を使うことができます。一方で新製品開発のアイデアの出発点は一般社員であることも多い筈です。この人達のアイデアは画期的であればあるほどつぶされる可能性があります。画期的製品の始まりはN=1(母集団値が一人)の場合も十分あり得ると思います。消費者の隠されたインサイト、次世代のインサイトをリサーチャーは発見できるような調査デザインあるいはそれに気がつくシステムを作る必要があります。
かつてフォードはT型フォードを作ったときに「消費者に聞いたらもっと速い馬車が欲しいというだろう」と言ったそうですが、その消費者のインサイト(真のニーズ)は「A地点からB地点へもっと早く移動したい」でしょう。早く移動したいというニーズを解決するもの(ウオンツ)は(当時のリサーチャーが優秀であったら)クルマ、もっと速い馬車、・・・であったはずです。レビットのドリルと4インチの穴の話と同じです。
コンセプトテストの実務
コンセプトテストは開発された多くのコンセプトのスクリーニングとスクリーニングされて選ばれたいくつかのコンセプトのうちポテンシャルの高いもの1~2点に絞る、コンセプトの選択・決定のステージがあります。前者は定性調査か定量調査あるいはその両方のアプローチが考えられますが、後者は定量調査です。この調査の目的は「意図したインサイト及び差別化の軸(ポジショニング)がターゲットに受容されたかの検証」になります。
コンセプトテストの実施・分析に当たり注意すべき点は次のように纏められます。言い換えれば「落とし穴」です。
- コンセプトのターゲット(新製品のターゲット)の母集団サイズがわかっていて、マーケットの大きさが計算できるか?
- コンセプトの表現・スタイルは社内で決まったフォーマットであるか?(その結果として、過去の調査結果や成功・失敗の事例が蓄積できるか?)
- コンセプトテストの調査対象者の条件はいつも同じか(例えばカテゴリーユーザー)?
- 調査対象者の条件を絞り込んで、良い(良すぎる)評価を得ようとしていないか?
- コンセプトはオーバープロミスしていないか?
- 実際の販売時に実施可能なコミュニケーション以上の情報を伝えていないか?
- テストするコンセプトの表現の仕方(分かりづらい表現やネガティブな表現)でビジネスチャンスを逃していないか?
コンセプトテスト・基本的な評価軸
図表3にコンセプトテスト調査票のフロー、図表4に基本的な評価軸を纏めました。
基本的な評価軸にある、購入意向、独自性、価格だけの価値、興味(全体評価)、レレバンシー、理解度、信憑性はそれぞれでコンセプトのポテンシャルや診断情報を提供します。コンセプトの評価で特に重要なのは、購入意向と独自性(新規性)です。コンセプトテストやコンセプト+プロダクトテストにおいて、購入意向と独自性は一般的に弱い負の相関があります(図表5)。第一象限に入れば、無条件に次のゲートにGoですし、第二象限に入れば、ミー・トゥ型で製品のパフォーマンスが競合より上回れば成功のチャンスは十分あります。
可能性の高い(かも知れない)コンセプトを落とさない
注意すべきは第4象限(時期尚早)のところに入ったコンセプトです。一般的な消費者(アーリーマジョリティ、レイトマジョリティなど)は「新しすぎるアイデア」を拒否する傾向があります。購入意向や独自性のノームがよくないからといって、単純にそのコンセプトを落としてしまうのはいけません。第4象限(時期尚早)のところに入るコンセプトには3つのタイプがあります。即ち「変わりすぎている」「分かりにくい」及び「時期尚早」です。これらを判別するのに有力なのが「興味(全体評価)」「理解」「レレバンシー」への反応パターンです。「時期尚早」を判断する場合、図表5の右上にある一般消費者の間での反応の他に、カテゴリーのアーリーアダプターの間で同様の反応パターンをとるとき、「時期尚早」と判断することができ、このコンセプトを将来的に生かしておく方向で考えるべきです。
次回はネーミングテスト、パッケージテストを予定しています。